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エンターテインメントが描く<共生> 後編

映画・ドラマ・漫画など様々なエンターテインメントが描いてきた<共生>について、LGBTQ当事者である日本テレビ放送網社員と、HuluのLGBTQ特集企画担当社員が語る座談会後編
 

直原
座談会後編は、HuluのLGBTQ特集に関連したお話をさせていただこうと思います。

白川
直原さんがこの特集を作るきっかけって、そもそも何だったんでしょうか?

直原
2つの作品に触れたことがきっかけなんです。1つは、2020年に草彅剛さんがトランスジェンダーの役を演じた『ミッドナイトスワン』。映画館でこんなに泣いたことってないんじゃないかっていうくらい終始涙が止まらなくて、すごく心を打たれました。

もう1つがHuluに入っている海外ドラマの『スカム・フランス』でした。まだ性的指向が自分の中で定まっていない男子高校生が、とある転校生の男子生徒に出会って一気に心奪われて恋愛に発展していくんですが、思春期ならではの恋のときめきとかキラキラと一緒に、友達や家族にカミングアウトするまでの葛藤とか苦悩みたいなものもすごく繊細に描かれていて。思わず嗚咽が出ちゃうくらい泣きながら、夢中になって一気に観た作品なんです。

ちょうどそういう作品に触れてきていた時に、他のスタッフからもLGBTQ特集をやりたいという声も上がっていて、今回やってみようっていうことになりました。

白川
そうなんですね。『スカム・フランス』見てみよう。

直原
ただ私たちも外に発信するっていう時に、紹介の表現に不安があったので、お二人に監修という形でご協力をいただくことになりました。

谷生
今回、Huluさんが最初に作られた紹介文に特別問題があったというわけではなかったんです。監修の立場としてあえてご提案するならこうかな、っていう感じでしたね。でもその提案ポイントが二人とも似てたよね。

白川
そうですね、それは別に僕たちが努力してるからとか勉強してるから分かるわけじゃなくて、シンプルに当事者だから気になる表現の出っ張りなんだと思います。例えばよくあるのは、「LGBTQものを超えた」とか「同性愛ではなくこれは究極の愛だ」みたいな、なぜかひとつ上の表現をされがちなんです。でもこちら側からすると、「やっと異性愛と同じように描いてくれるコンテンツが出てきたのに、いきなり超えないで」って(笑)

あとは、「普通」っていう言葉に僕たちはすごく敏感ですよね。この言葉を何の注釈もなしに使わないようにするというのは、皆さんに言えるアドバイスの1つとしてあるかもしれないです。

谷生
うんうん、同じように「特別」という言葉もそうだよね。でも前編のお話にもつながりますけれど、「こういうのどう思う?」っていう相談ができる場が、グループ会社内にあること自体がとてもいいなと思います。

 


直原
今回の特集の中からお二人がおすすめしたい作品があれば教えて頂けますか?

谷生
『君の名前で僕を呼んで』は本当に素晴らしいですよね。改めて見直しましたけれど、格調高い愛の物語。83年の保守的なイタリアを舞台にしていて、しかもユダヤ教徒という多重のマイノリティ性を内包した人たちが描かれていることに意味があると思う。ティモシー・シャラメの演技も神がかってるしね。LGBTQテーマの映画、として「構えて」観る、というのではなくて、美しい作品世界にどっぷりつかってただただ楽しむ、というのが素敵な楽しみ方なんじゃないかなと思います。

白川
そうですね、同性に恋する物語だということを主題に置いていてそのつもりで観るぞっていうパターンもあれば、たまたま見たら「この二人が恋に落ちるの?」っていうパターンもありますからね。

谷生
『君の名前で僕を呼んで』の主人公は女の子とも経験するし、色々な模索の中で彼自身も成長して恋の味を知るみたいな、そういうお話になっているんです。だからある意味類型的なLGBTQものではないかもしれない。でも最近はそういった模索中の「クエスチョニング」の時期みたいなものも含めて描かれ方が多様になっている、間口が広がっているんだなということの証みたいな映画だなぁって思います。

白川
どう考えても両思いなのにオリヴァーがじれったいじゃないですか。こんなに伝えてるのになにその態度、って(笑) でもそれこそがやっぱり80年代の同性愛者の置かれたリアリティー。結末では彼の持っていた葛藤が深くわかるオチになっていってるし、作品を通して当時のLGBTQの人が置かれた状況っていうのに思い馳せていただくのも、おしゃれな見方なんじゃないかなって思いましたね。

直原
谷生さん一押しの『パレードへようこそ』も80年代を舞台にしていて、親に同性愛であることがバレてしまった時にすごく押さえつけられるという描写があったと思うんですけど、『君の名前で僕を呼んで』は同じ時代なのに、両親の見届ける姿が全然違って対比を感じますよね。

谷生
いわゆるゲイ・レズビアンムーブメントが出てきた80年代から、今のLGBTQの環境は生まれてきていると思うんです。『パレードへようこそ』という作品は、今世界で行われている「プライドパレード」の原点が描かれています。この映画の原題はプライドパレードのプライド、そのままに『Pride』なんですけど、ゲイ、レズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダー、なんであれ自分にプライドを持とうよという意味でこう名付けられているんです。世界でも日本でも、パレードに参加すると「メリークリスマス!」みたいな感じで「ハッピープライド!」って言い合うんですよね。

今回の特集のメインの4本ではないけれども、『パレードへようこそ』はある種のLGBTQのムーブメントの原点の1つと呼ぶべきイギリスの出来事を、非常に面白くドラマ性豊かに描いた作品なので、本当に素晴らしいと思います。

白川
『君の名前で僕を呼んで』と『パレードへようこそ』というハシゴの仕方も面白いし、あとは『アデル、ブルーは熱い色』の中でもプライドパレードに行くシーンがあるんです。

彼女自身のアイデンティティーがまだ揺れている段階なのに、パレードに行くのはごく普通のことという状態で出てくるんですよね。『アデル、ブルーは熱い色』は2010年代を舞台にしていると思うんですけど、そこに時代の違いを感じます。彼女たちの恋愛の葛藤というのは、女性同士だからということじゃない部分にあったりするので、そういう見比べ方も面白いかもしれないですね。

谷生
『お嬢さん』も韓国の天才的なパク・チャヌク監督の作品で、女性の解放みたいなモチーフも物語に組み込まれていて。すごく風格ある作品です。

それから『イミテーション・ゲーム』はオスカー俳優のベネディクト・カンバーバッチがエニグマ暗号の解読をする天才数学者を演じています。この話は第二次世界大戦中の実話に基づいていて、その時代は同性愛って犯罪であったり、病気であると認識されていたんですね。場合によっては、知られると命が危険になるようなことだったんです。21世紀に入って20年以上過ぎた現在でも、同性愛とかトランスジェンダーは死刑の国ってありますからね。
そしてこの映画、日本で公開される時は、主人公が実はゲイであるということには触れずに宣伝されたと記憶しています。色々な判断があったのだと思いますが、それが2014年当時の日本が置かれていた一般的な雰囲気だったんでしょうね。改めて主人公がゲイであるがゆえに受けた困難も描かれた映画である、というのをわかって見ると、より深みが出てくると思います。

白川
『きのう何食べた?』は、2007年の原作マンガの連載開始からずっと好きで、ドラマ化されたものも楽しく見ました。よしながふみ先生はボーイズラブからその他のジャンルへ作風を広げて多くのヒット作がある天才的な漫画家さんです。。

最初すごく驚いたのは、あえてこの言葉を使いますが、「普通」の人たちが描かれている。いわゆるメイクをして女性の格好をしてステージに立つ人、みたいな当事者じゃなくて、「普通」に働いてその日買い物をしてご飯を作って食べるという人たちが描かれているということが衝撃で、そこに心を打たれたんですよね。また、それが男性漫画誌の「モーニング」に連載されたことも嬉しい衝撃でした。

そんな作品が映像になった時に、当事者の人たちが見て安心して楽しむことができること、スペシャルじゃない日常を描いてくれてありがとうっていうことをすごく思ったし、この作品を見てゲイの人たちの暮らしってこういうことなのねっていうのを、そうでない方もイメージしやすくなったんじゃないかなって思います。
やっぱりバラエティー番組に出ているLGBTQ当事者の人たちっていうのを想像しがちな中で、そうじゃなくて、もしかしたらあなたの職場にも、そのことを明かしていないかもしれないけどこういう生活をしている人がいるかもしれないよっていう目線をつけてくれるという意味でとてもおすすめです。

あとは『おっさんずラブ』も2019年なんですよね。テイストは全然違うんですけど、やっぱり特筆すべきこととして、男性が男性に恋愛感情を持つということに対して、主人公の春田は葛藤があるんですが、他の登場人物からはほぼ特別視されないんです。異性間の恋愛感情と変わらない受け止めをされているセリフが多い。ある意味で2021年の日本ではまだフィクションでファンタジーだけど、すごく心地いいファンタジーを見せてもらったっていうところが好きなポイントです。

 


直原
それでは最後に、お二人の思う「共生」「インクルージョン」がどういう世界で、そういう世界を目指す意義がどういうところにあると思うかを教えていただけますか?

谷生
そこに当たり前にみんながいる社会だと思っています。LGBTQって分析概念なので、もともといた人たちを社会が認知をしただけのことであって、概念ができたことでLGBTQの人が増えたかというとそんなことはない。そういう生き方をオフィシャルに選択できるようになったっていうだけなんです。

例えば今、駅にはエレベーターがあってバリアフリーになっているところが増えていますけど、それって色々な視点が加えられたことによってアップデートされてきた結果ですよね。共生って、多様な人が、色んな生き方を、当たり前にできる社会だと思います。そのためにエンターテインメントがきっかけを与えることはできると思うんですよね。日常の中にLGBTQの人がいるんだという気づきを与えてくれる大きな武器だと思うので、今回のHuluの特集もとても意味があると思ういます。

人は知らないものは怖いし、それが差別につながることも多いと思うんです。だから知るしかない。そのためにエンターテインメントを使うというのはすごくいいと思う。人生観が変わるかもしれないし、何か気づきが得られるかもしれない作品はいっぱいあると思うので、ぜひ色々な作品に触れて頂きたいなと思います。

白川
こういう話の締めとして適切なのかはわからないんですけど、LGBTQというくくりとか言葉が、最終的にはあまり使われなくなってその意味が薄れていくこと、そんなことを言わなくても当たり前にそこにいるっていう世界が、本当のインクルージョンの状態なんじゃないかなって思います。

谷生
スローガン化がいらなくなる時が、本当にポジティブなソーシャルチェンジが起きた時ですよね。

白川
まさにそうですね。でもその途中経過としてLGBTQという概念があって、それが当たり前になるにはすごく長い道のりがある。それまではやっぱりLGBTQという言葉を使って皆が理解していくということが、今まさに起きていることだと思いますね。

将来的に「白川ってゲイだよね」じゃなくて、例えば、カミングアウトしていなくて街中でたまたま僕の家族と同僚の家族が会ったとしても、僕が同性のパートナーをごくナチュラルに紹介します、ということが起きるような、そんなカテゴライズされないような当たり前の世界まで進んだらいいなっていうのが、僕の夢ですね。